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大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)272号 決定 1961年11月17日

抗告人 富士三洋株式会社

相手方 松田常司

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

(抗告人の申立の趣旨並びに理由)

別紙記載のとおりである。

(当裁判所の判断)

公証人上原角三郎作成第七一一六〇号商取引に関する契約公正証書謄本の写によれば、右公正証書にはつぎのような記載がある。

「第一条 債務者富士電業株式会社、連帯保証人滝川亀次郎、松田常司は、債権者富士三洋株式会社に対し、債権者の商品電気、電化器具類の掛買、債務者振出、裏書、引受、保証の手形により現在負担し及び将来負担する債務を、以下の条項に従い履行することを約し、債権者は、これを諾した。

第二条 本契約による商取引は、反覆されるものとし、債務者の負担する債務元本額は、現在及び将来の債務を合し常に二、〇〇〇、〇〇〇円を最高極度とする。但し、債権者から取引の中止又は右極度の減額を通知したときは、債務者は、異議なくこれに応じなければならない。

第四条 債務者は、各取引に当りその都度手形を振出又は裏書し、債権者に交付し、各支払期日に各債務を相違なく支払うものとする。

第五条 利息、割引料等は、債権者所定の利率並びに支払期日及び計算方法により支払うこと。

債務者が支払を遅滞したとき又は弁済期限の利益を失つたときは、その翌日から完済に至る迄元金一〇〇円につき一日五銭の割合を以つて遅延損害金を支払うものとする。

第八条 債権者が本契約上の債務の決済を求め、その他債務履行を要求したすべての場合において、債務者は、その当時の取引実額の如何にかかわらず、債務元本に対する損害賠償額の予定として二、〇〇〇、〇〇〇円を即時債権者に給付することを約諾する。

前項の給付があつたときは、債権者は、本契約上の債務が弁済されたものとして処理するものとする。

第九条 債務者は、前条の給付を遅滞したときは、一〇〇円につき一日五銭の割合を以つて遅延損害金を支払うものとする。

第一一条 債務者及び保証人は、第八条及び第九条の債務不履行の場合には、全財産に対し直ちに債権者から強制執行を受けても異議のないことを認諾した。」

ところで、公正証書が債務名義としての効力を有するためには、民事訴訟法五五九条三号により、一定の金額の支払または一定の数量の代替物若しくは有価証券の給付の請求につき作成されたものであることを要するのであるから、その金額または数量が証書に明記されているか、あるいは証書の記載自体から計数上算出されるものでなければならない。

本件公正証書第一一条によれば、第八条及び第九条の債務につき債務者並びに連帯保証人が執行受諾の意思表示をなし、右債務は、損害賠償額の予定としての二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する日歩五銭の遅延損害金の各支払義務であつて、金額は一応特定しているが如く見えるのであるが、前記第一条、第二条、第四条、第五条と比較して考えると、本件公正証書の契約内容は、「債権者債務者間の継続的な商取引につき、債務者は、債権者に対し極度額二、〇〇〇、〇〇〇円とする元本債務(遅延損害金は日歩五銭)を負担することができる。本契約上の債務不履行の場合は(第八条には「債権者が本契約上の債務の決済を求め、その他債務履行を要求したすべての場合において」と記載されているが、これは上のように解すべきものであることはいうまでもない。)、債務者は、債権者に対し、当時の取引実額の如何にかかわらず債務元本に対する損害賠償額の予定として二、〇〇〇、〇〇〇円を即時支払う義務がある(遅延損害金は日歩五銭)。右支払がなされたときは、本契約上の債務が弁済されたものとして処理される。」というのであつて、本契約上の債務不履行の際に、債権者の請求し得べき債権額は、常に損害賠償額の予定としての二、〇〇〇、〇〇〇円(及びその遅延損害金)となるのであるか、それとも、信義則上、右金員のうち当時の取引実額(及びその遅延損害金)の範囲にとどままるのであるかは(抗告人は、現に本件においては実取引額の範囲内で損害賠償請求権を行使したと主張し、本件公正証書正本に基づく強制執行において、元金三三四、四七六円、遅延損害金二四四、一六七円、合計五七八、六四三円の請求金額につき執行がなされていることは、京都地方裁判所執行吏太田喜代造作成の動産差押調書の謄本の写(記録五丁以下)により明らかである。)、必ずしも明確でない。仮に、後者であるとすれば、公正証書の記載上債務額が確定しているとは到底認め難く、若し前者であるとすれば、取引実額の多少を問うことなく、それがきわめて少額である場合にも常に二、〇〇〇、〇〇〇円の損害賠償額を予定することは、(金銭消費貸借上の不履行による損害賠償額の予定が、利息制限法四条一項による制約をうけ、法定の超過部分を無効としている趣旨にかんがみても)取引実額の高により暴利行為として公序良俗に反し無効となるべき部分の生ずべきことはいうまでもない。そして、たとい当事者間に合意があつたとしても、このような不確定な条項を公正証書に記載し、これに執行証書としての効力を認めることは、債務名義たる執行証書の性質上許さるべきことではない。

以上により、本件公正証書は、一定の金額の支払を目的とする請求につき作成された証書と解することができないから、有効な債務名義となり得ないといわなければならない。

抗告理由第一、二点は、当裁判所の前記判断に反することが明らかであるから、採用することができない。

抗告理由第三点について。抗告人は、執行文の付与は正当であると主張するが、本件公正証書が債務名義として無効であること前記認定のとおりであつて、無効な債務名義に対する執行文の付与が違法であることはいうまでもない。

抗告理由第四点について。抗告人は、相手方が、抗告人に対する別訴請求異議事件で本件異議理由を主張しているので、同じ理由を本件において主張することは、迅速をたつとぶ執行関係の手続として許されないと主張する。しかし、右異議理由は、公正証書自体の瑕疵を云々するのであるから、本来執行文付与に対する異議においてのみ主張することができ、請求異議においては主張することができないものである。しかるに、抗告人は、請求異議が提訴された以上同訴訟でこれを主張することを要するとの独自の見解のもとに、前記不当を主張するのであつて、その失当であることは明白である。

従つて、原裁判所が、本件公正証書は民事訴訟法五五九条三号の要件を欠き有効な債務名義となり得ず、これに対する執行文の付与を違法として、相手方の異議を認容したのは、相当であり、抗告人の抗告は理由がない。

よつて、本件抗告は、これを棄却すべく、抗告費用は抗告人の負担とし、主文のとおり決定する。

(裁判官 石井末一 小西勝 岩本正彦)

抗告の趣旨

原裁判所の決定を廃棄する

右旨の御裁判を求める

抗告の理由

一、本件公正契約上の予定損害額は或種業界の慣例に依り契約自由の立脚点から履行に代わる損害額の予定を意図して契約したものである。

抗告人の相手方に対して有した実取引上の債権は四五八、八一五円で抗告人は右債権と公正証書第八条に因る二〇〇万円の賠償債権とを併有し抗告人は実取引額の範囲内で賠償請求権を行使した。

信義に基き請求権を行使することゝ(二〇〇万円の)請求権自体の存在を肯認することは何等支障はない。

二、本件損害予定額は完全な合意に因つて締約したものである。

(イ) 当事者間(抗告人対訴外富士電業株式会社)の商取引は月平均数百万円を期待したのであるが一応その内二〇〇万円を与信限度額と決めたので万一事故ある場合は当然に右限度額までの損害発生が予想せられ何等右訴外人の無思慮窮迫に乗じたものでないばかりか反て同人から右与信額並に損害予定額の増額を求めておつたのである。

(ロ) 又相手方の主張する如く一部の債務不履行毎に右予定額の賠償義務が生ずるのでなく債務者に一個の不履行がある以上他の履行期前の債務は期限の利益を失つて即時全額の支払をなす義務が生じるのである(公正契約書第七条)

三、執行文の付与は正当である。

単に債権者が債務者に或与信額又は取引極度額のみを定めた場合と異なり損害の予定額を約束せられている点で公正証書の債務名義たる価値を支持している。

債務者に不履行があつた事を債権者が証明して執行文の付与を求めた場合付与機関は実損額の多少を云為したり当事者の合意の有無乃至意思を解釈する等の権能を有しないし又義務もない常に執行文付与に関する形式的な前提要件を具備する以上之を付与することは何等違法はない権利乱用の惧れがあるとして之を拒否出来ない問題は別である。

四、本件申立は不適法である。

相手方は本件執行文付与取消を求める申立につき相手方の請求異議等の訴(京都地方裁判所昭和三五年(ワ)第二八七号)を提起する際民訴五四五条三項に依り同時に之を主張し敗訴の判決を受けた者であり(目下相手方から控訴中)新たに本申立を為すことは迅速を尚ぶ執行関係において許さるべきでない。

民訴五四六条但書の規定は同法五二二条の異議だけは同法五四五条三項により同時に主張することを要しないのであつて同時に主張しなかつた場合に別途申立が許される旨の唯一の例外規定である。

尤も前記判決は(疏第一号として写添付)此点において見解を異にするようであるが相手方の提訴が全面的に控訴審に繋属する以上(昭和三六年(ネ)第九〇八号)此点で本件申立は許されない。

以上抗告します。

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